猛毒親に育てられて。

カテゴリ:理解ある大人( 2 )

キチガイ家族。

もう既にキチガイ家族。
私の家族はそういうものと
ここまで読んでくださった方には
わかって頂けただろう。

キチガイ家族にいたら
自分までもキチガイになっていく…

私は伯父の法事とコンサートを
Wブッキングさせてしまった。

普通はどちらか選ぶだろう。
しかしもうキチガイ。
私は両方を選んだ。

私は食事会の途中で抜け出して
コンサート会場に向かった。

抜け出す。
ここまではギリギリ許される範囲かもしれない。

私はタブーを犯した。
食事会で喪服から参戦服に着替え
笑顔でその場をあとにした。

普通の神経では出来ないだろう。
【あの日】父に対して怒鳴って殴った伯父だ。
その伯父の法事だ。
そこで、笑顔であとにしたのだから…

普通に考えたら喪服であとにし
コンサート会場付近で着替えるのが普通だろう。

私は父が運転する車で
毎日通勤していた。
その中での話しだ。

毎日、毎日母の悪口を聞かされた。
たかが悪口と思うなかれ。

実父から、実母の悪口を
毎日、毎日聞かされるのである。
苦痛だった。

母の事を家では「お母さん」と言っていたが
父と私だけの時は母の事を
「ベトナム」と言っていた。
本当は「朝鮮人」と言いたかったらしい。

しかし
「【朝鮮人】と言うと差別になるだろ?」
「【ベトナム人】なら差別にならない」
「でも意味不明な人。という意味で」

と意味不明な理由で
「ベトナム」と言っていた。

この人の頭の方が意味不明だ。
というより本当にキチガイだ。

寒がりな父は
初夏でも暖房を入れ、
秋、まだエアコンはいらないだろう
そんな日も暖房ガンガンにきかせていた。

私は夏大好き、冬嫌いである。
そしてかなりの寒がりでもあった。
しかし、その私が暑い!
と思うくらいなので
どれくらい父の寒がりの異常さはおわかりだろうか?

ある年、また伯父の法事に行った。
私はずっと我慢していたが…
我慢できなくなり

伯母の家の【キッチン】で
伯母の胸の中で泣くだけ泣いた。
「お父さんがお母さんの悪口いうの」

小学生か!と思われるかもしれないが
これはキチガイ家族の物語である。

伯母は泣いていいと泣かせてくれた。

しかし父は空気も読まず
「帰るぞ」と言ってきた。

伯母は少し待ってと答えた。

父は泣いている私を見て「帰る」と言った。
それはその場の空気云々の前に
【〇時まで人の家に長居すると失礼】
そっちの方が頭にあった。

娘の事より建前重視だ。

逆の人が近くにいた。
叔父が帰ったあとである
従姉の義父が
「〇〇(叔父)が帰ったからつまらない」
と、言った。

建前重視の父にはあり得ない言葉だ。
しかしその人は思った事をはっきり口にする人だった。
別に叔父がいなくても父がいる。
しかし元々仲がいい叔父とその人。
その人にとっては本音だったのだろう。

その事でもしかしたら従姉は
辛い思いをしたかもしれない。
逆にはっきりものをいう人で楽だったかもしれない
聞いてはいないので
私にはわからない話しだが…

では逆に聞いてみよう。
①はっきりものをいう人
②建前重視の人
これが身内にいたらどちらがいいだろうか?



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by rin-dream | 2016-12-29 01:12 | 理解ある大人 | Comments(0)

忘れる事が出来ない、ある年のお正月。

私が小学生の頃は毎年お正月は
母の兄の家で過ごしていた。

私は余りお正月が好きではなかった。
それはみんな3学期に入ったら直ぐに
いくらお年玉をもらったか自慢しあっていたからだ。

私は合計しても1万円程度だった。
中には10万円程もらった子もいた。

私と母の兄家族、弟家族3家族合わせても1万円程。
そして妹だからと姉より少ない金額。

しかしある年の事は覚えている。
父はお酒に酔っていた。

少し酔いを覚まして帰ろうとなった。

伯父の家では主に大人(男性陣3人)は居間
女性陣はキッチン(母とおばの2人)

そして子供達は中2階にいた。
ちょっと変わったつくりの家だった。

この後私にとってこのキッチンに入るのが夢になった。
【大人】になった証拠だからだ。

因みにこの頃、この家には大きな雑種のワンコがいた。
「たろう」だった。
人懐っこくて毛がサラサラしていた。
キッチンのテーブルに潜るのが好きなワンコだった。

おじいちゃんは大の犬好きだったと母から聞いている。
家にはいつも犬がいた。
ペットショップに行って飼った訳ではない。
みんな迷い犬ばかりだったらしい。
伯父もその血を受け継いだのであろう。

昔はもう一人おばがいた。
病気を発病し、その後亡くなった。

数回しか会ってはいない
顔は忘れた。しかし声だけは覚えている
病気を発病後の事だ。

一生懸命言葉を話そうとしているが
私は聞き取りにくかった。

私たちは父に呼ばれた。
「帰るぞ」

居間に行って帰る用意をしたが…
思った以上に父は酔っていた。

おじはもう少し待てと言ったが父は帰ると言った。
その時既にジャンパーを羽織り玄関にいた。

伯父は怒鳴った。
「事故にあって母、姉、私が死んだら許さない」
そして父をぶん殴った。

初めて私の事を受け入れてくれる
大人と出会えたそう思った。







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by rin-dream | 2016-12-25 18:02 | 理解ある大人 | Comments(0)



私の家庭は物心ついた頃には既に機能不全家庭。そこから旅立つまでの長い長い物語。
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