猛毒親に育てられて。

カテゴリ:両親( 7 )

現実と向き合う日々。

2月に入りもう10日以上過ぎた。
そろそろパソコンに向かうだけではなく
実際に行動に起こさないといけない時期にきた。

一人暮らしがしたい。
親が追いかけてはこれない関東に逃げたい。
それだけでただパソコンに向かう日々。

しかし現実は一人暮らしを始めるのは簡単ではない
そう思わされた。

一人暮らしが無理ならシェアハウスで
と思った。
一人暮らしするよりは
初期費用を考えるとかなり安くすむ

仮に一人暮らしだと50万を目安とされているが
シェアハウスなら10万もしない。
しかし…知らない誰かとシェア。

家賃は一人暮らしとほぼ変わらないか
もしくは若干高め(ドミトリーは除く)

自分の城は4畳半くらいの部屋のみ。
壁にぶち当たり
サイコロを振り出しに戻し
一人暮らしで探してみた。

行き詰った所に《保証人代行》という話しを聞いた。
色々調べる。
が…頭を抱えたくなるくらい難しい。

連帯保証人、保証人代行、そして緊急連絡先。
問題はここにあった。
親には新住所を知られない為
親になってもらうのはもちろん不可能

では唯一の姉になるが…
私は姉の電話番号(自宅・携帯)を知っているが
住所やメールアドレスは知らない。
どれだけ関係が薄いかわかるだろう。

姉はサイコパスから逃げる事が出来た勝利者だ。
私はこのサイコパスにくっついている毒。
姉からしてみればそう。
そんな姉に保証人や、緊急連絡先になって
頼んでも断られる。
わかっていた。

では唯一心を開いていた伯母。
しかし伯母と私は血縁関係はない。
伯母は母の兄の嫁。
そして今は年金で生活している

もし万が一私に何かあれば伯母が事件に巻き込まれる。
伯母には一人娘と孫がいる。
無理な話しだ。

ではAちゃん。になるが…
迷惑をかけたくなかった。

そして…住民票・戸籍の閲覧制限もしなければならない。
調べると…
《警察もしくは引っ越し先の役所で書類を書いてもらう》
これが案外難しいものだと知った。
申請すると簡単に出来るものと思っていた。

正直警察は【敵】と思っている私。
出来るなら警察には行きたくない。
サイコパスにとっては遊園地みたいな所。

12月から早2ヵ月私は何をしていたのだろう?
毎日、毎日夜2時頃寝て、不眠の状態で職場に行く。

《物件を見る》暇あれば
もっとしなければいけない事が山のようにあった。

ため息しか出ない、力は入らない。
しかし《春に綺麗な桜を見る》には
ここで踏ん張るしかない。

気が付けば…
1年半前今の職場に入った時
LLサイズの服を着ていたが
今ではSサイズで十分になった。
(元々幼児体型の為お腹が出ている為ピタっとした服は着れない)
フリーサイズを試着すると…ブカブカ。

美容師さんからは「ここの鎖骨辺りまで切ると…」
と鎖骨を触られた私。
鎖骨がある!と驚いた程。

簡単では切り開けない未来。
わかっていたはずだが…
ここまで難しいとは。

41歳の私が児童虐待を受けて…
と書類をもらいに行かなければならない現実。
本当に出来るのだろうか?





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by rin-dream | 2017-02-12 02:04 | 両親 | Comments(0)

雑音。

もうこの頃には家にいる事が苦痛になっていた。
とにかく早く3月が来て欲しいと思った。

何故そこまで3月にこだわった理由。
ひとつしかなかった。

職場を【自己都合】ではなく【会社都合】
で退職出来る。
(私の場合は任期満了につき退職)
たったそれだけ。

しかしたったそれだけと思うなかれ
実際…面接官に立って考えてほしい。

【自己都合】と【会社都合】
退職理由どちらがいい?

口でいうのは簡単だ
「親と一緒にいたくなくて東京に出てきた」
「あと2ヵ月で任期満了になる、しかしその前に」

まず「親と一緒にいたくなくて」
という所からしておかしいだろう。
まだ成人前の子供、あるいは20代前半。

しかし私はその倍生きている。
普通の人は思うだろう
「じゃもっと早く家を出なかったの?」

出来なくて苦労したなんて言葉誰も信じない。

親が出す日常の音。
例えばドアを開ける音、
廊下を歩く音、
そして声や、くしゃみ、

特に父にいたっては鼻をくしゃくしゃ鳴らす
事が日常としてあった。
全てが雑音になった。

両親の後にトイレに入る。
少し生温かいスリッパ
気持ち悪くて吐き戻しそうになった。

脱衣所で手を洗った時に両親と同じ
タオルを使う。
もうそれも出来ない。
(シャワー浴びた後使用するタオルは以前から既に別)

トイレ、洗面所、見事な程
両親と重なる事が多く
それがまたイライラの原因にもなった。

夜遅くまでテレビを見ている。
我が家は古い木造住宅の上母は耳が悪い
どうしてもボリュームが大きくなり
ひどい時には今どの番組を観ているのかもわかるくらい
ボリュームを上げてテレビを見ている。

たかがテレビ。
しかし大嫌いな親が見ているテレビ
それだけで気持ち悪くなった。

レオが病気になっても
同じ空間にいたくない(車という狭い中で)
という理由で病院に連れていく事すら出来なかった私。

朝、私が使おうと思った時に使われている
私は部屋から出たくても出る事を止めた。
どんなに時間がなくても
我慢してその時間はテレビを見たりしていた。

ご飯、お風呂を知らせる度に
母が私の部屋をノックも無しに
ガラっと開け入って
「ご飯」「お風呂」
とだけ怒鳴ったように言う

苦痛で苦痛で…
でも逃げる事を考えなかった自分。
今思うと恐いと思う。

全てがマインドコントロールされていた。
【親から逃げては生きていけない】

通常、人が感じない事。
それが私にはあった。

全てが苦痛。
しかし逃げる事が出来ない現実。
この板挟みになり1年苦しんで出した答えが
親に見つからず家をひっそり出る。

ある意味【夜逃げ】と同じだ。




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by rin-dream | 2017-01-28 00:00 | 両親 | Comments(0)

キチガイ家族。

私は新幹線の中であるHPを見ていた。
その中で女子高生が呟き、質問をしていた。

私は外に出ようとしたら警察呼ばれたと…
その質問に

「キチガイ家族」

と返答した男性がいた。

私はスリッパを玄関に投げ警察を呼ばれた。
そうか…キチガイ家族。

自分でもわかっていた。
それはもう随分昔からわかっていた。

しかしそれを赤の他人に
「キチガイ家族」
そう言われ気持ちがし現実を見た。

私の家はキチガイ。
だから適応障害になった。
自分自信悲しくなった。

もし、この家に生まれてこなければ…
もし、もっと早く家を出ていれば…

私は普通に普通の人生歩む事が出来たのだろう。
こんなに苦しむ事はなかったのだろう。


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by rin-dream | 2017-01-01 17:05 | 両親 | Comments(0)

完全崩壊まであと1秒。

私に家にいる意味さえ無くなっていた。
というより生きている意味さえわからなかった。

両親に裏切られ、
警察沙汰になり
私は虐待されている子供ではなく…
家庭内暴力を振るう娘になった。

そして本来なら
信頼していいだろう医師にまで裏切られた。

私はGW頃を境に食欲が一気に減った。
その後回復はしたものの
「食べ物の欲」がなくなった。

母は昔から何かにつけて
「今日は手抜き」と言っていた。

一番傑作だったのは、
①ご飯
②白いかまぼこ
③冷奴。

その日食べる気がおきなかったのはいうまでもない。
食べる物全て「白」

今現在食事は…
①全く同じ丼
②鍋orカレーorシチュー
③スーパーで売っているお惣菜プラスおひたし程度。
これを1週間日替わり。

母は食事を作る事を半ば嫌々状態。
1日中家にいるのにも関わらず。

家賃ゼロ
電気水道ガス代ゼロ
食べたい物を食べてはいないがご飯代もゼロ
(因みに朝ごはんは自分で用意している)

ただそれだけの為に嫌々親と暮らしている。

家を出たいのは山々だった。
しかしもう就活するには体力が残っていなかった。

いわゆる【障害者枠】で限定すれば
仕事は見つかるかもしれない。

しかし現実は甘くない
与えられるのは「何かの補助」

その人には何も任せてはもらえない。
これは面接の際実際ある会社の担当者に言われた。

では一般では?
私はアルバイト経験しかない。
そして事務からは10年ブランクがある。
こんな人誰が雇う?

私が採用側だったら書類見た地点でスルーだ。
考えると力は出なかった。

しかし就活には本当に体力は必要だ。
しかし心は壊れた。

今スマホはほとんど電源を入れていない
充電する時だけ。

友達とメールやLINEする力もない。
私に出す力は全て出し尽くした。

10代の頃一度廃人になった。
そう。毎日米粒を選別していたあの頃…
ただ空を見上げていたあの日々…

一応仕事はしていて社会とは関わりを持っているが
その【仕事をしている】
それだけで生きていた。

もしそれが無かったら…
私は完全崩壊していただろう。

私はその後美容院に行った。
そして先日小旅行を楽しんだ友達とも遊んだ。

しかし心はどこにいたのか?
私の身体しか存在していなかった。

あの日どんな顔をして友達と遊んだのか?記憶がない





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by rin-dream | 2016-12-29 02:55 | 両親 | Comments(0)

私の時間を返して。

ある日、ただそれだけ叫んだ。

きっかけは…もう食事をダイニングテーブルで
とる事さえ苦痛になっていた。

夏場、そうめんを父と同じお皿から箸をつつく
それさえ苦痛。

私の中で限界を超えた…
と言っていいのだろうか?

元々母はいつもキッチンでひとり
食事をしていた。
いつもテーブルには私と父のみだ。

唯一一緒になるのは
「お鍋」をする冬場、
もしくはすき焼きの日くらいだった。

私は【この日】から
ひとりで自室でご飯を食べよう
そう決めた。

しかしそれを意外にも母が反対した。

たまたまその日は父の誕生日だった。
しかし【そんなもの】私には関係ない。

そして…私は壊れ叫んだ。
「私の時間を返して」
「なんであんな施設に入れた」
「私にとってどれだけ屈辱的だったかわかるか」

今まで心の中で押し殺していた言葉を全て吐き出した。
私は泣いて。泣いた。
そして叫んで。叫んだ。

もう夜10時は過ぎていた。
田舎にある住宅地。
私の声は近所中に響きわたっていただろう。

しかし私には関係なかった。
私の時間返して。
これが本音だ。

数ヶ月後子供の育て方というのを見た。
「いい子供」を育てるには…

①嘘をつかない。
②他人に親切にする。
②自分の時間を削ってまで勉強させる(みる)
これはつまり勉強しているイコール親
(もしくはその他同居者)
が喜ぶのを教える為だ。

だ、そうだ。
私にはどれも当てはまらなかった。
他人に親切にする。
これは父にとって
職場の人以外他にはいない。

食事に出かけ注文したものが少しでも
遅いようならクレーマーになっていた。

だから私は仕事をする際絶対に
接客業にはならない。
決めていたのに…
途中仕事、他学生バイト…接客業をした。
自分の将来なんてわからないものである。

しかし2日後に旅行を控えていた。
翌日会社に行く元気…
というより気力もなかったが

自分の中で【切り替え】が欲しかった。
身体を引きずって仕事に行った。

今でも思う。
あの日の自分を抱きしめてあげたい。
よくやったね。と…


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by rin-dream | 2016-12-29 01:51 | 両親 | Comments(0)

哀しい、帰省。

しかし、この夏の帰省によって
私のプライベートまでも激変した。

父方の祖母と同居するようになった。
私は祖母の事が大嫌いだった。

何かにつけ母から祖母が
私の事を嫌っている話しをされていた。

いわゆるマインドコントロール状態。
生まれた時私は1500グラムしかなかった。

この時の事にふれては
「こんな子〇〇家の孫ではない」と言われた。など、
他多数。

これが真実かどうかは知らない。
両親の実家には何度か帰省した。

両親はお見合い結婚だった。
元々地元でお見合いした訳ではなく

両親とも今住んでいる地域に引っ越し
落ち着いた頃お見合いをした。

母方の祖父は相手が【地元】に近ければ
よく帰省してくれるだろう。
そう思っていた。と母から聞かされた。

しかし実際にはそれほど帰省はしなかった。
帰省した時のある1度
忘れられない辛い思い出がある。

あるレストランに入った。
母方の従姉弟達は
自信のお父さんの肩の上に乗りはしゃいでいた。

私には凄く羨ましくて、楽しそうに見え…
一緒になって叔父の肩に乗って遊んだ。

その時父の怒鳴り声と共に殴られた。
「人の親に何しているんだ!」

確かに人の親。
又叔父とは血の繋がりもない。

では父はその叔父と同じ事してくれた事あっただろうか?
私の記憶が正しければ…一度もない。



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by rin-dream | 2016-12-25 19:24 | 両親 | Comments(0)

愛情。

この頃近所の女の子が怪我をした。
足は大量の血液で真っ赤になっていた。

保健室に連れてって消毒するのだが
痛がって泣きじゃくる。

仕方がないので大きなガーゼを付けて
テープでグルグル巻きに

そして翌日その子から
「〇〇ちゃん(私)って大げさね」と
その子の足には小さな
バンドエイドが貼られているだけだった。

私はその一言にキレタ。
キレタ理由は…

怪我した時、風邪をひいた時両親は優しかった。
だから怪我して大げさにしているのが
私にとっての逃げ道
(親の愛を感じる瞬間)

それを笑われたと感じた。

私はただの切り傷にバンドエイドを
ぐるぐる巻きにする程大げさな子供だった。

でもそうやって両親の心を
自分に向けさせていた。

キレタ私はその日から周囲を巻き込み
その子に対する無視を始めた。

その後その子の母親から
「うちの子無視しないで」と怒鳴られた。

またムカついた。
彼女は親に愛されている。そう感じた。

また嫉妬心。
彼女は以前にも「うちの子いじめないで」
と言ってきた(お母さん)。その人だった。

親の愛情がある基に育った子供と
そうでない子供の大きな違い。




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by rin-dream | 2016-12-25 19:10 | 両親 | Comments(0)



私の家庭は物心ついた頃には既に機能不全家庭。そこから旅立つまでの長い長い物語。
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