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猛毒親に育てられて。

カテゴリ:赤ちゃん~幼稚園( 8 )

何もない。

小学校入学前、赤いランドセルが届いた。

私は嬉しくて、嬉しくて何度も何度も
背負って飛び跳ねて。
小学校入学を楽しみにしていた。

そしてランドセルと同時に付いてくるのが学習机。
しかし親は買ってはくれなかった。

姉は薄いピンクの学習机を買ってもらっていた。
しかし私には無かった。

我が家は昔から
無い無いづくしだった。

おもちゃもほとんど持っていなかった。
女の子は誰でも一度は欲しいと思う
りかちゃん人形もなかった。

絵本も無い。
近くの公民館で借りて読んでいた。

でもこれがおかしいと疑問はなかった。
今ならおかしいと思うのだが…

私には姉がいたので当然の如く
姉のお古を着て小学校の入学式に行った。

新しい私好みの服着たかった。



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by rin-dream | 2016-12-25 15:00 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

ピアノの目線。

私はある日の事を妙に覚えている

それはピアノの鍵盤。
歌の時間だった。

私はピアノの横で歌っていたのだが
鍵盤の高さが私の視線よりちょい下だった。

自分の目線の高さの記憶って滅多に残っていないと思う
そう考えるとある意味いい思い出かもしれない。



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by rin-dream | 2016-12-25 14:46 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

おかしな幼稚園児。

私は普通の幼稚園児ではなかった。

通園時に引率してくれる先生に対して
子供らしからぬ態度をとったりしていた。

いつも〇〇くんと手繋いで通園だから
今日は違う子がいいと私は主張

しかし厳しい先生は「ダメ」と
じゃひとりで帰るとひとりで電車に飛び乗る私。

私の中で小さな抵抗だったと思う。
何もかも思い通りにならない我が家。

それを発散している私。

不謹慎な話しだが
当時「早く来い来いお正月」の歌を
「早く来い来い霊柩車」と歌うのが流行っていた。

マラソンの時間中いつも歌っていた記憶がある。
早く来い来い霊柩車。

今の自分に歌っているように感じた。


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by rin-dream | 2016-12-25 14:45 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

ボタンに格闘

これは私は記憶が無く母が話していた事。

体育の授業後、
皆帰り支度をし、
先生も《終わりの会》をはじめた。

しかし私はひとり制服のボタン付けと格闘していた。

ボタン付けと格闘って?
もう年長さんだよね?

普通の子なら出来るよね?

そう、私はそもそも親から
「ボタンの付け方」を習っていなかった。

ママさんブログで2~3歳の子供が
ボタンと格闘している姿を載せていた。


結局何十分も待った結果、ずれて終了。
でも子供は満足気。
達成感で笑顔だった。

ボタンとの格闘の記憶は無いが
とても切なく、悲しい話しに見えた。



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by rin-dream | 2016-12-25 14:44 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

何も出来ない悔しさ。

私が通っていた幼稚園は厳しい園だった。

出来ない事があっても先生は手を出さない。
クラスメイトから教えてもらう。
それが幼稚園の教育方針。

私は先生の話を殆ど理解出来ない子だった。
それを裏付ける写真が一枚残っている。
お誕生日会の時の自分の紙バックだ。

多分先生は「好きな折り紙を使って貼り絵を作りましょう」
とでも言ったのだろう。

でも私の紙バックの貼り絵はとても説明出来ない
意味不明な貼り絵だった。

そしてこの幼稚園では楽器も教えていた。
周囲はもう既に1年~2年演奏している

当時楽譜を見て楽器を演奏していたのか?
ドレミと書いた物を読んで演奏していたのか?
記憶はないが…

当然私は音を出す事が出来なかった。
ピアノとかも習った事の無い私が

ドレミの意味がわかる訳もなく。
演奏しているフリだけしていた。

その時目ざといクラスメイトがいた
「こいつ弾いてない!」

毎回毎回からかわれていた。
では楽器を家に持ち帰って練習すれば?
と思われるかもしれないが

電車通園の上、園児にしてみればかなりの重量のあるもの。
とてもじゃないが毎回持って帰るのは不可能だった。

この時から自分自身生きているのが苦痛だった。
まだ幼稚園児。自死なんて思いつく事はなかった。

私は何も出来ない。辛い。


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by rin-dream | 2016-12-25 14:31 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

幼稚園入園。

幼稚園入園前後くらいから僅かだが記憶があるのでそこから書こう

私は幼稚園に入園した。

近所の幼稚園ではない。
電車で通園していた
(たまに近所の人の車で通園する事もあった)

しかし何故この幼稚園なのかは知らない。
①近所の幼稚園に行けなかった説。
②近所の子が通っていた説。
③少しでもいい幼稚園に入れたかった説。

何回聞いても毎回違う事言われるので未だに謎。

幼稚園入園、ここまでは普通…
に見えて既に普通ではない。

私は年長さんの時、幼稚園に入園したのだ。
普通は2年、3年保育。
しかし私は1年。

私は人より小さく生まれた。
その上早生まれ。

クラスで背の順で並んだ時
大体一番前か、2番目。3番目になった記憶は殆どなかった。
それくらいのオチビさんだった。

両親は小さいし、1年でいいだろう。
きっと軽い気持ちだったと思う。

小さく生まれたが、その後はいたって健康。
裏付けるように【法定伝染病】といわれるもの
はしかしかかかった事がない。
それくらい健康優良児だった。

私は1年しか幼稚園に通っていない事が
コンプレックスだった。

私が住んで家の近所には同世代の子供が沢山いた。
でも昼間はみんな幼稚園へ。

私は家でひとりポツン。
その時の寂しかった事今でもうっすらと覚えている。

のちにこの幼稚園に入園するには面接が必要と聞かされた。
両親と離れてひとりで園の人と面接だったそうだが

私はニコニコして嬉しそうに面接を受けていたらしい。
この時の記憶は無いが
ようやく「幼稚園」に行ける

昼間1人で遊ばなくて済む
お友達と遊べる。

素直にそれを喜んでいたのだろう。

のちに色んな人に聞かされた。
早生まれの子は
保育園や幼稚園、お稽古事
早く入れたい(させたい)のよ。

4月生まれの子に比べたら
成長の差を感じるもの…

私の親はこの「差」はどうでも良かったのだろう。
教育費が1年分減ったとでも喜んでいたのであろう。


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by rin-dream | 2016-12-25 14:30 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

泣き止まない私。

赤ちゃんの時の私。

2歳の頃からのイヤイヤ期。
私自身子供のイヤイヤ期というものが
存在する事すら知らなかった。


たまに見る晴れている日に長靴を履いた子供。
私は不思議で仕方がなかった。


それはいわゆるイヤイヤ期の子供の行動
と知ったのは姉に子供が生まれてからだった。


そして冷静になって気づいた。
私のイヤイヤ期はどう過ごしていたのだろう?



私は乳児期とても気に入ったものがあったらしい。
それは歩くと音が鳴る靴。


しかし父によって壊されてしまった(らしい)
理由は、うるさいから。


その後ギャン泣きが止まらない私に頭を抱え
買い直した(らしい)


私は音に反応して喜んでいるだけ。
それを《うるさい》と取り上げるなんて最低な親。


もうひとつ悲しい写真が残っている。

私は歩行器の中にいた。

私は元々身体が小さい。
歩行器に入りきる事が出来ず
座布団が背中に挟まっている。


当時住んでいた家を私は覚えていない。
お風呂すらついていなかったと聞いている。


公営のマンションの小さな部屋
小さな部屋で歩行器に縛り付けている親。


全ての事に憤りを感じる。
《好きな物》を取り上げた親
《歩行器》に縛りつけた親
に対して。


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by rin-dream | 2016-12-25 14:17 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)

名前の由来。

今から遡る事40年前。私は生まれた。
自分の名前の由来を知りたかった。

あとから聞いた話だが、
私が生まれた日雪が降っていた。
だから母は「ゆき」もしくは「ゆきこ」と名付けたかったらしい。

因みに私には姉がいるのだが
姉には「しのぶ」と付けたかったらしい。

単純に「しのぶ」という名前の響きが好きだった。
と語っていた。

けれど、私の名前は「ゆき」でも「ゆきこ」でもない
姉も「しのぶ」ではない。

名付け親は父だ。
理由を聞いて…言葉を失った。

「おばあちゃんになっても使える名前」をつけた。

今生まれたばかりの我が子を見て
その子の将来を考えて付けた名前ではない。

私の世代に多い「優子ちゃん」「幸子ちゃん」
きっと優しい子になって欲しい
幸せになって欲しい。

両親の思いたっぷりだ。

中には「ありふれてダサくて嫌いな名前」と言っている人もいた。
ちなみに「やすこ」さんである。

しかし
「おばあちゃんになっても使える名前」
で、名付けた訳ではないだろう。

私は生まれた瞬間から
輝かしい未来に向かって成長していった訳ではなく

「おばあちゃんになる為」

に生きてきたのかもしれない。

芸能人で例えようか?
森田剛くんはお母さんが郷ひろみさんのファンで
生まれてきた息子に「ごう」と付けたらしい。

また、生田斗真くんは「とうま」という
響きが好きという理由で名付けられた
(TVで放送されお母さん本人が言っていたので間違いないだろう)

また堂本剛くんは剛い子供になってほしい
と名付けられたと語っている。

女性の話しも少ししよう。
渡辺満里奈さんのお父さんは海が好きだったらしい
それでMarinaから満里奈と名付けられた。

両親は生まれてきた我が子の事を考えて名付ける
私の場合は

「おばあちゃんになっても使える名前」


だった。


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by rin-dream | 2016-12-25 14:10 | 赤ちゃん~幼稚園 | Comments(0)



私の家庭は物心ついた頃には既に機能不全家庭。そこから旅立つまでの長い長い物語。
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