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猛毒親に育てられて。

カテゴリ:27歳~( 17 )

余りにも大きな存在。

何よりレオと離れたくなかった。

レオ連れてはさすがに行けなかった。
寂しがり屋のレオ。
日中は学校、夜はバイトになるだろう。
そんな環境にレオは連れていけない。

引っ越しの為役所に行った。
「犬はどうされますか?」と聞かれた。

犬は登録が義務付けされている。
しかし私自信が「飼い主」に登録されている
そんな事全く覚えていなかった。

不本意だが「家に置いていてく」
そう役所の人に伝えた。

もちろん、夢叶えて見せる!
そう決めた時から

レオと離れる事はわかっていた。いたが…
さすがに本当にうつ病になってしまった
私の一番の【安定剤】と離れるのは、
今の私から睡眠薬を奪われるより辛かった。

毎日、毎日レオ抱っこしながら泣いていた。
離れたくない!

病院の先生も同じ意見だった
今東京で一人暮らしをするのは無理だ。
せめて来年に。と…

しかし、半分夢に中に足を入れている状態では
無理な話しだった。
会社を去る日が来た。

職場からの贈り物…
レオグッツだった。
ワンコ用のおやつ、
ワンコ用のラグ…そして花。

私はいつもレオの話しばかりしていた。
だから…そうなった。

会社の人には東京行きの話しはしていなかった。
帰り道の事は覚えていない。

この頃毎日テゴマスの【ずっと】を聴いていた。

あの道のタイルのデザイン、
駅中にあった喫茶店。
忘れられない。

【ずっと】…そうずっと傍に。
でももう時間は動き出していた。

何故だろう?
この頃私はNEWS担ではなかった。
むしろ大嫌いだった。

でもどうして【ずっと】や
【TEPPEN】を聴いていたのだろう?

何かに導かれていたのかもしれない。
そう…何かに。

そして東京に向かう電車に飛び乗った。
春のあったかい穏やかな日だった。

気持ちはもう帰らないつもりだった。
数日後にはまた帰ってくるとは思わなかった。


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by rin-dream | 2016-12-28 22:11 | 27歳~ | Comments(0)

うつ病発症。

しかし不運はまたしても私に降ってきた。
やっと幸せになれる。そう思っていた。

それはほんの数ヶ月の幻だった。
私には幸せは来ないのだろうか?

私はある日を境に本当に【うつ病】になってしまった。
理由は親友と思っていた人に言った言葉でキレられた。

彼女から人から絶対に言われたくない
あるひと事を言われ…私は逆上した。

私が言った言葉で何故彼女が
そこまでキレたのか未だ知らない。

その後連絡を取っていない。
友人と思っていた人からは全員無視体制とれれた。

何故彼女がそこまで怒っている理由がわからなかった。

「何故怒っているの?」
友人に聞いたが…
理由は「知らない」だけだった。

その後ひとりを除いて全て
【仲間】と思っていた人全員と縁が切れた。

私にとってなんでも話せてバカな事一緒に出来る
大切な人と思っていた。

ひとりを除いて全員と縁が切れた。
のちにそのひとりから聞いた。
「〇〇ちゃんは心配しているよ」

しかし心配されているみたいだが連絡は来ない
結局口だけ。

その後そのひとりに言われた
「最近は〇〇の事は口にしていない」
「忘れたみたい」と。

その数年後あるジャニタレが言った。
人が言ったそのひと言で
態度が変わるやつは友人ではない。
その人に対してムカつくことされ(言われ)
はっきりその人に言える。
それが真の友人だと。

たまたま彼の言葉は私の携帯に残されている
今も…保存している。

私はその後、涙流しながら
仕事中パソコンのキーボードを叩いていた。

しかし我慢できなくなって
就業中だったが「病院に行きたい」と病院に行って
安定剤の筋肉注射を打ってもらうようになった。
それが幾度となく続いた。

ようやく出来た【友達】
全て失った。

その悲しみは余りにも大きかった。

そして日一日と迫りくる4月。
しかし時間は待ってはくれなかった。

私は部屋を探す為上京した。
数日前東京では大雪が降った。
それはテレビでも放送された
雪はまだわずかだが残っていた。
【東京】にいる実感した。

そして会社に【辞表】を書いた。
初めて書く【辞表】
その会社には【辞表】の書き方マニュアルがあった。

引っ越し準備で毎日バタバタだった。
同時してあるお芝居も観に行く予定にしていた。
そのお芝居のバックステージパスが
欲しくて申込もした。

去年の今頃はその芝居を見る為東京に行った。
楽しかった。

友達と一緒にホテルに泊まり
その舞台について語り合いそして飲み明かした。

まさかその時1年後
東京に住んでいるとは思ってもいなかった。

私はその日駅に着いたのはいいが出口を間違えた。
たまたま間違えた出口から

取引先の会社の看板が大きく見えた。
ああここにあったんだ。
ふと思い携帯でそこの看板の写真を撮った。

その後は…迷子確実になった為タクシーを拾った。
タクシーでホテルまで行き、
チェックインだけ済まして
同じタクシーに乗って会場に向かった。

タクシーの中ではおじさんと楽しい会話が弾んだ。
降りる際「楽しんできて」
そう言われた事を今でも覚えている。

ある日鍵を取りに上京した。
寒い部屋でエアコンをつけていた。

が、全然温まらなかった。
部屋にはMDミニコンポ(手の平サイズ)を置いていた。

が、寂しくて寂しくて従姉にメールをした
「寂しい」

返事は直ぐに返ってきた…内容は覚えていない。
そして…夜行バスに飛び乗った。



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by rin-dream | 2016-12-28 20:48 | 27歳~ | Comments(0)

仕事をほされた。

しかしまた…事件がおこった。
まだ私は仕事でミスを連発していた。

正直仕事を辞めたかった。
しかし来春には東京に行く。
お金を貯めなくてはいけない。

しかしとうとう仕事を干されてしまった。
屈辱的だった。

数年前なんでも頼まれ、
そして電話をトイレでも取っていた

ある日「プロとしてなっていない」と
風邪でフラフラの私に上司は怒鳴った。
そんな日々が懐かしく思えた。

私は全員の営業の担当から外され、
【営業事務補助】になった。

全て、ある子(HK)の補助になるしかなかった。

因みに彼女は「小さな猛獣」と自分の事を言っていた。

すごく可愛くて、小さくて、でも性格は男勝りだった。
その小さな猛獣の補佐しか仕事が出来なかった。

補佐しかしていないので
たまに商品の出荷日を忘れる事もあった。

必死にパソコン叩いてたいた時期は
発注書に出荷日が書いてあるので嫌でも覚えるが

補佐しかしていない私は出荷日すらはっきりしていなかった。
面白くないのが姉会社から来た【主任】だった

あの日私に「1日商品(パンフレット)を見て覚えて」
そう言葉をかけてくれた、その人だ。

でももうこの際その人はどうでもよかった。
ただ残業時間が一気に減った。

もちろん月給(バイトなので時給だが)数万円分。
数万円分はかなりキツかった。

毎日終電で帰宅。だったのが
8時~遅くても9時には帰れるようになった。

しかし辞める訳にはいかない
石にかじりついても…

この年の年賀状には富士山の絵がプリントされたものを使った。
私の職場は全員に年賀状を送らなくてはいけないという
暗黙のルールがあった。

そして、全員の住所、名前が書いた用紙を渡される。

因みに主任からは年賀状は届かなかった。
お気に入りの子には元旦に、
後の子には4日以降に
そして私には届かなかった。

【主任】という肩書がある人なんだけど、
好き嫌いがはっきりしてるなと逆に関心した。

他、社長、副社長、他のお偉いさんからは全員届いた。
友人宛てへの年賀状には

「絶対TEPPEN取ってやる」と書いた。
有言実行だ!


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by rin-dream | 2016-12-28 01:18 | 27歳~ | Comments(0)

幸せな毎日。

その後受験の為、都市に行った。
この春学校を卒業したばかりの人も東京から来ていた。

私は自己推薦で受験した。
簡単な面接後直ぐに合格と言われた。

専門学校。筆記テストがある訳ではない。

その後、面接して下さった女性の方と
その年学校を卒業したばかりの女性と色々話しをした。

私はワクワクしながら帰宅した。
足取りが軽いとはこの事をいうと思った。

数日後合格通知が家に届いた。
が、ここからがまたひとつの闘いの始まりだった。

専門学校行くにはもちろんお金がいる。
ではキャッシュで払えるかというと現実は難しい。
ローンを組むしかない。

まずひとつの会社に行ったがあっさり帰された。
しかしその後色々動き回りたいが仕事がある。

ここまで来たら親に「償い」として親に動いてもらった。
そしてお金を借りられる事になり問題は解決した。


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by rin-dream | 2016-12-28 01:16 | 27歳~ | Comments(0)

手段は選ばない。

無茶苦茶殴られた。

すると私は迷わず直ぐに病院に行った。
そう。診断書を書いてもらう為に。

この時私も手段は選ばなかった。
未だにこの診断書は残してある。

これを使って法的手段に出る事は出来ない。
時効というものがある。
しかしこの日父が私に暴力をふるった。
その事実は消えない。

そして都市に向かい
無料で弁護士と相談出来る所に行った。

弁護士は「両親を訴える?」びっくりされたが
私は真顔で「はい」と答えた。

その後家の近所の交番に行った。
びっくりした。名前と住所言っただけで

何か冊子みたいな物を奥から取り出してきた。
お巡りさんは父と母の名前を言った。
交番にそんなものがあるとは知らなかった。

しかしここでも
「両親を訴えるのは止めた方がいいよ」
とお巡りさんに窘められたが私は本気だった。

証拠として暴力で負った傷の写真を
デジカメで撮られ帰された。

証拠として指を指して写真を撮る。
また驚いた。

それでも両親の首は縦には振らなかった。
ここで私は、最終手段に出た。

父は以前母を暴力で大けがさせたが、
自転車で転んだ事にして保険金をだまし取った。

金額的には少ないかもしれない。
法的手段に出ても不起訴になるかもしれないが、
保険金詐欺をしたのには間違いない。

そうなれば父親自信が築き上げた
「いい人」の仮面は全て剝がされる。
それが狙いだった。

そしたら…また暴力に出た。
私は、トイレに駆け込み110番通報をした。

しかし我が家は古い家。
簡単に鍵は壊されトイレから引きずり出され…

警察官が来た時は母親に口を塞がれ声を出せない状態だった。
父は何食わぬ顔をして間違いです。
と警察官を帰した。

この時の警察官が今は憎くて憎くて仕方がない。
何故家の中に上がり込まなかったのだったんだろう?

私のその時の姿を見れば…
両親はどうなっていたのだろう?
「憎くて仕方がない」理由…
それはまたあとに話そう。

その後両親から白旗を揚げられた。
私が勝った瞬間だった。

漸く神様が私の事味方してくれた。
そう感じ、幸せに満ち溢れていた。

しかし…不思議ではないか?
親から自立の一歩を何故ここまでする必要がある?

「お父さんは年収1千万あった」と言っていたのなら
高校卒業時に専門学校に行かせてもらったはず。
全て《嘘》1千万もなかった。

そして母を専業主婦でいさせたのも
自分の立場を守る為。
食わせてやっている。

我が家はほとんど貯金無しで買ったと聞いている。
そして自宅もかなり安い金額で買ったらしい。
それを逆に自慢にしている。

その後「あの時はローンがあった」と言っているが
この先何聞いても答えはちぐはぐ。

とりあえず道は出来た。



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by rin-dream | 2016-12-28 01:11 | 27歳~ | Comments(0)

夢に向かって…それは過酷な闘い。

私は地元説明会に行ってみた。
しかし現実は甘くは無かった。

「今29歳?正直就職は難しいよ」
「夢を叶えるではなくて、夢を大切に生きる」
「そういう目的で来るならおいで」
「因みにこの科ではなく他の科だけど50代の人いる
「彼も夢を叶えるより学校で楽しむ為に来ている」

学校の説明会でそう言われ、
求人票も見せてもらった。

卒業して入社時期になる頃は私は32歳
でもどこも24~25歳までとなっている。

現実は目に見えていた。
しかし有言実行!それしか頭になかった。

私はよくAちゃんに話しをしていた。
私は〇〇のおばちゃんではなく私は私らしくいたいと。

心は決まった。
その頃学校主催で大規模な説明会があった。

行きたかったが仕事がある。
いつもの時間に起き、
用意して家を出たが…

気づいたら会社とは逆の
東京方面の電車に飛び乗っていた。

またそこから闘いが始まった。
両親は許す訳なかった。

今置かれている状況が全て嫌になった。
全て。

名前も含めて…
「おばあちゃんになっても使える名前」

そしてからかわれた私の「姓」
この姓はもちろん父の姓。
大嫌いな大嫌いな父の姓。

しかし姓を変えるのは難しかった。
じゃ…おばあちゃん(母方)の養子になる!
もう支離滅裂。


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by rin-dream | 2016-12-28 01:09 | 27歳~ | Comments(0)

かっこいい奴は有言実行。

私は「彼女」と出会い
もう一度自分の夢に向かってみたくなった。

この時29歳。
多分これがラストチャンスだろう。

夏、私は友達の誘いがあって東京に出かけた。
日帰りだった。

私の唯一のストレス発散はヲタ活だった。
元々好きではなかった…
というより正直大嫌いなグループだったが

ほとんどノリだった。
イベントに参加してみた。

何を歌ったのか?衣装、全く覚えていない。
しかし席は無茶苦茶よかった。

ヲタ語で「神席」ってやつだ。
きっとファンサももらっただろう。
けれど覚えていない

唯一、衣装チェンジの時に
Jr.の子達がWINNING RUN
を歌ったのは覚えている。

友達3人で馬鹿やっていた。
この曲は光GENJIのシングル曲だ。
おもいっきり楽しんだ。

しかしこの時の様子はDVD化されていない。
と、いうより参加した地点で
DVD化されないのはわかっていた。

だから前年に他のグループと一緒にやった
イベント終了後DVDを即買いした。

その後なんとなくCDを買った。
カッコいい奴は有言実行

そう歌詞にあった。そうだ!有言実行だ!

時計の針が動き出した。



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by rin-dream | 2016-12-28 00:55 | 27歳~ | Comments(0)

人生を変えた出会い。運命の転換期。

そこに私の人生を変えたひとりの女性がいた。

彼女曰く、私の次が彼女の面接だったらしく
彼女は私の事を覚えていた。
私は覚えていなかったが…

この会社はとにかく覚える事が多かった。
覚える事は2ヵ月足らずで覚えたが…

問題だったのは「仕事の順序」を覚えられていなかった。
先輩達に質問したい事は山程あった。

しかしみんな必死でパソコンのキーボードを叩いている。
とても聞ける状態ではなかった。

私と同期の子はミスを連発していた。

彼女はとある大学卒だった。
そこはその専門の大学。

いってみれば、美大、芸大、音大、医大、体育大学、
といったパターンといえばいいだろうか?

しかし、彼女は営業部にいて私と一緒に
事務としてパソコン叩く日々。

その専門の仕事はしていない。
なんとなく悔しくなってきた。

何故?彼女は好きな道進んだのに
私は進めなかったのだろう。
何故彼女はその仕事していないの?

モヤモヤしたものがこみ上げてきた。
その後彼女はもうこの会社嫌!となってきた。

毎日、毎日残業。終電で帰る日々だった。
私は家が遠かったので終電で帰った。

しかし家が近い人たちは仕事がひと段落するまで帰れず
終ったあと、みんなでタクシーで帰っていたらしい。

恐くて何時までいたかは聞けなかった。

家が近い人達はもしかしたら日付が変わる頃には
仕事を終えていた(終わらした)のかもしれない。

そんな中で彼女は会社を去る事を決意した。

彼女の出勤最終日の数日前だったと思う
彼女へはガラスで出来たリンゴの置物を贈った。

私も欲しいと思ったのでなんとなく覚えている

何故数日前だったのか?
それはその頃棚卸をしていた。
それは簡単なものではない。

海沿いにあった大きな倉庫数個分、
膨大な商品の数を数えなければならない。

会社の人全員総動員した。
暑い日だった。

翌日は営業部全員で(私と彼女は居残り)
パソコンと向き合っていた。
だから数日前になる。

その後もこの営業部では人の出入りがすごかった。


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by rin-dream | 2016-12-28 00:42 | 27歳~ | Comments(0)

根拠のない自信。

根拠の無い自信があった。

そして…以外にも次の仕事は直ぐに決まった。
大きなビルの中にあった会社だった。

しかし、受けた会社ではなく
その会社の姉会社に採用された。

初出社当日、私は主任から
「今日は1日商品見て、商品覚えていて」

と言われ、朝はずっと商品のチラシを見て過ごした。
軽い感じだった

昼食。

上司に呼ばれ一緒に近くの喫茶店に入って行った。
昔からある古ぼけてはいたが
逆にそれがいい味を出していた。

しかし気になったのが、
ずっと「チン」電子レンジの音ばかり聞こえていた。

私はピザトーストを頼んだ。
「チン」聞こえて直ぐ出された。

味は…覚えていない。

翌日事態は急変した。
うちから妹会社に移ってくれと言われたのだ
「とにかく人が足りない、忙しい」とだけ言われた。

妹会社といっても同じビルの中。
移動は簡単だった。

しかし中に入ったら…
先ほどの会社とは空気は違った。
大きなフロアに沢山人がいた。

入って直ぐが営業部、その奥が企画部、その奥がデザイン部
私は営業部だったが…みんな必死だった。

黙々とパソコンのキーボードを叩いている
異様な光景だった。

その後以前就活していた時の
メモが出てきた。

なんと。この会社(姉会社)に
不採用になっていたのだ。
それが今回は採用された。

不思議な巡り合わせかもしれない。




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by rin-dream | 2016-12-28 00:32 | 27歳~ | Comments(0)

癒しの存在。そしてクビ。

そんな時の癒しはレオの存在だった。

まだパピー。
真っ黒で小さな天使だった。

レオの為どんな嫌な事があっても頑張るつもりでいたが
どんどん私の心は再び崩壊していった。

日に日に頓服で渡されたいた薬の量が増えていった。
意味もなくおばに会社のベランダから電話していた。

そして限界にきた頃
会社近くで飲み会をしようと言われた。

しかし私はレオに早く会いたくて断り家路に着いた。
翌日、布団から出れなくなった。

会社に電話した。
風邪ひいたので病院に行きたい。

だいたい〇時頃会社には着く…と。
しかし病院はいつもより人が多くて
30分~1時間ほど遅刻した。

会社に着くなり社長に呼ばれた。

最近、電話取ってないね。
どうして〇〇(後輩の彼女)に取らせる?
オレは〇〇(私)に電話は全て取れと指示したよね?
今日どこの病院行ってきたの?
最近薬飲んでいるようだけど…何?
君、もう帰っていいよ。
明日から来なくていいから。
もし訴えたかったら訴えてもいいよ。

最後に社長はそう言い放った。
本来であれば解雇でも法律に侵さない限りは
1ヶ月前予告か、1ヶ月分給料を払っての解雇だが

何もなかった。

しかし私はパソコンに入力していたデータ全て消し
何も言わずに会社を去った。

何も無いのになんだか晴れ晴れした気分だった。
年末だった。

よし、次は年明けから就職活動しよう
何故か能天気な事考えていた。

何十社も受けてようやく入れた会社。
それも念願だった正社員。

しかし多分この会社はもう存在していないかもしれない。
一度労働基準局のHPを見た。

同じ浄水器販売の会社が無くなっていたのを見たからだ。
やっている事は法を犯すギリギリの事をやっていた。

営業さんがどうやって販売していたのかは知らないが
短い期間で2人初営業に出て翌日消えた。

大体は想像つく。
きっと危ない事してたのだろう。

そんな事で晴れ晴れした気持ちだったのかもしれない。

しかし…今になって、
自己都合で辞めた訳ではない会社都合だ。

逆手にとってラッキーだったと思えばいい。


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by rin-dream | 2016-12-28 00:30 | 27歳~ | Comments(0)



私の家庭は物心ついた頃には既に機能不全家庭。そこから旅立つまでの長い長い物語。
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