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猛毒親に育てられて。

カテゴリ:夢への一歩( 8 )

幸せは続かなかった。

この頃から身体が徐々におかしくなりはじめた。
その後大変な病気になろうとは思いもよらなかった。

症状はお腹が張る。
痛いし、苦しい。

ここでの幸せは長くは続かなかった
仕事、環境に関して何も問題はなかった

ただ数ヶ月限定アルバイト。
辞めて、また別探して、でもそこが嫌で…

するとまたその職場から声かかるって感じだった。

しかしある日社長が出社してこなかった。

理由は会長から解雇された。
そこから流れが一気に変わっていった。

社員全員退職届を書き出した
みんな社長の事が好きだった

社長が好きでみんな社長についていってる
周囲から親しまれるそんな社長だった。

そして新しく会社を立ち上げる話が出てきた。
そんな中で会長は次々と新しく社員を雇い入れている

社内は混乱していた。

私は面接してくれた女性から言われた
「ここに残るつもりは無いよね?」
「新しい会社で次いつからお給料出せるか全くわからない」
「お給料出せるのが1年後になるかもしれない
「〇〇ちゃん(私)はまだ若い」
「だからごめんね」と

そしてこの会社を去る日が来た。

この時よく聴いていた曲は意外にもジャニーズではない
福山雅治さんのアルバム。

このアルバムを聴くと当時を思い出す。



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by rin-dream | 2016-12-26 19:18 | 夢への一歩 | Comments(0)

ヲタ活再始動。

いつだったか?ここの1日限定アルバイトで
あるひとりの女性が来た。

彼女はジャニーズのファンだった。
直ぐに意気投合して一緒に遊びに行くようになった。

この時私はジャニーズファンをやめるつもりでいた
けれど彼女に引き戻された。

遊びに行くとなれば
その遊ぶ所で集合が普通。

しかし何故か?
私たちは迷わず会社で待ち合わせをしていた。

それも会社の人は何とも思っていない。
「久しぶり~」と彼女を迎える。

そこの会社辞めても尚
みんなそこの会社の事が好きだった。




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by rin-dream | 2016-12-26 19:16 | 夢への一歩 | Comments(0)

思い通り。

私は携帯を持った。
この歳にして少しずつ親離れをしていった。

しかし…それを面白くないと思っている人がいた。
父だった。

今までは少しでも長く電話をしていたら(5分以上)
大声を出し、私、もしくは相手を委縮させ
電話を切るように促す。
(長電話だから切りなさいと声を掛けられた事は一度も無い)

もしくは有無を言わさず電話線を切っていた。

これからはそれが出来なくなる。

それから数年後には私はビデオを買った。
それを期にリビングにある
姉がお願いして買ってもらったビデオは使わなくなった。

今まで自分の機嫌がいい時は
ビデオを録画する事をOKしてくれたが、
機嫌が悪いといつもNG

それが出来なくなった。
しかしまだビデオ。
使い方はアナログな父でもわかる。

ご飯の時間になった。
TVは見せてはくれない。

私は自分のビデオを使い
自分の部屋で録画をしようとすると
父に電源を切られた。(コンセントを抜くなど)
(私が怒ると数100倍怒鳴られた)

これから数年後DVDに買い替えた時
父は使い方がわからない為
仕方がなく電源を切るのを諦めた。

少しずつ自分のいう通りの娘ではなくなっていく。

子供は親の所有物ではない
ひとつの人格。

それは幼い子供でも同じ。
自分の思う通りにならないのは当たり前。

しかしそれまで所有物のように
自分の思い通りに娘を操作してきた。

私は20年経ちお金を得た事によって
ようやく自立(自我を出して)していく事になる。

その後私の自立の道が途絶えた時

再び魔の手が押し寄せて来るとは
この時思いもよらなかった。

私をとんでもなく破滅への道を進ませていく…。
それはまだ10年後のお話し。


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by rin-dream | 2016-12-26 00:38 | 夢への一歩 | Comments(0)

《携帯》という物。

私はこのバイト先にきて約1年後
はじめて携帯というものを手にした。

飲み会をした。
その日友人は相手と携帯でやり取りしていた。

なんとなく携帯って便利と思い携帯が欲しくなった。
そしてなんとなくその話しをその友人に話しをした

そして友人と街の携帯ショップに行った。
(携帯会社ではなく、街の中にあるお店)

0円携帯を手にした。
本当に0円。

月々3000円程基本料金を払っていた。
しかし当時Aちゃんとは疎遠になっていた。

特別電話する相手もいない。
そもそも携帯にメール機能なんてものはなかった。

電話が掛かってきても
番号しか通知されない。
私が買った携帯はカナ登録が出来なかった。

少しずつ、少しずつ、
一人立ちを始める。



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by rin-dream | 2016-12-26 00:37 | 夢への一歩 | Comments(0)

仕事をする上での心得。

この頃先輩に言われたある言葉が忘れられない。

ある日職場の中でも1~2を争う程忙しい日があった。

その中で問題はおきた。
誰かがミスをした事がわかった。

しかしミスをしたのは誰かはわからない。
皆「犯人捜し」をしていた。
その様子を遠くから先輩は見ていた。

そしてある子が言い出した
「〇〇(私)がミスをした」

その後もうひとりの子も
「そうだ!そうだ!」となった。

しかし皆でもう一度検証した。
実際ミスをした人がわかった。

「〇〇(私)がミスをした」
そう言いだした子、その子のミスだった。

そこで先輩がようやく中に入ってきた。
「自分もミスをするかもしれない」
「偉そうに言うならミスをするな」
「自分はミスはしないそう信じた時に言え」と

私はその先輩の言った言葉を胸に刻んで今も働いている。




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by rin-dream | 2016-12-26 00:33 | 夢への一歩 | Comments(0)

先輩の背中。

職場で電話応対はしていた。
しかし取り方とかは教えてもらっていない。

相手が不快に思わないように…
そして一番忘れてはいけない事は
自分の思いを相手に伝える。
相手の思いを受け取る。

それだけだった。
あとは私のやり方をみていて…
そんな先輩だった。

ある日クレームの電話をとった。
相手(男性)は私に対して「上を出せ」と言った。

その人からしてみれば
「上の人」イコール「いい年したおじさん」
が出るものと思っていたのだろう。

しかし、出たのはまだ若い女性。
相手は余計に怒り出した。

しかし先輩ははっきり
「私が責任者です」と言い切った。
社長から信頼が厚かったのがわかった。

毅然な態度の先輩がかっこよかった。

その後私はまたクレームの電話を取った。
私は目で先輩に「助けて」と訴えた。
しかし先輩は目で「自分で対処しろ」と送った。
私はなんとか乗り切った。

先輩からは「よく頑張った」褒められた。
嬉しかった。自信もついた。

当時初めて「かしこまりました」って単語を使った時
恥ずかしい思いと同時に
大人になったような気持ちになった。
「社会」というものに本格的に出てまだ1年生。
全てが勉強だった。
特にこうしろと言われた事はない。

しかし…先輩の背中を見て仕事を覚えていった。



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by rin-dream | 2016-12-26 00:32 | 夢への一歩 | Comments(0)

EXIT 君は誰かのフィギュアじゃない

そして初出社日が来た

ここはとにかく明るくて楽しい職場だった。
私はよく毒を吐くと言われているが
それはここの環境がそう言わせたのかもしれない。

みんな仲がいいけれど、お互い毒を吐く。
別に悪口ではなくあくまでも毒。

逆に毒を吐かないと
「どうしたの?」と言われる程だった。

職場の先輩は「アルバイト」だった。
しかし社長から「アルバイト」と思うなと言われた。

実は先輩は社長から社員になって欲しい。
そう直々に言われているのにも関わらず
正社員の道を選ばずアルバイトで働いていた。

社長と社員からの信頼は絶大だった。
まだ先輩は当時30~31歳くらい。
今思うと若いのに凄いなと。

先輩の嗜好の話しだが

先輩は「一味」が好きだった。
お味噌汁にまで一味を入れていた。

私も真似をしてみた。
美味しい!

その後私も色々な食品に一味を振りかけている。
七味ではなく一味がみそ。

たまに厳しく言われて泣いた日もあった。
お客さんから厳しく言われて泣いた日もあった。

この時厳しく言われたお客さんの名前と住所
面白い程に覚えている。

そして家に帰ってからも仕事の復習は怠らなかった。

毎日帰る時、事務所のドアを閉めた瞬間、
よし!明日も頑張ろう!そう思える職場だった。

電話は案外直ぐに慣れた。
1日経った頃には普通に電話応対が出来るようになっていた。

悩んだ自分自信驚く程。
何を一体悩んでいたのだろう?

忙しい日もあったが暇な日の方が多かった。
そんな日はノートゲームをしていた。

多分この頃の私が自信の中で
一番四文字熟語と漢字に詳しい時期だったと思う。

他数字のゲーム、絵を書くゲーム
ノートゲームはたいがいした。

ここで以前働いていた
「スゴ技の持ち主」と言われる人と会った

確かに彼女のスゴ技はスゴ技だった。

そして私は彼女に名前を聞いた。
まるで《宝塚の人》のような名前だった。

「凄い名前」と言うと彼女は笑って
「お父さんが考えたの」

一瞬悩んだ。名前はわかるが姓をお父さんが考える?
彼女は日本に帰化した女性だった。

彼女の名前はもう覚えてはいない。
しかし羨ましかった。

私はいわゆる珍名と言われている。
その上名前でからかわれる事が多かった為。

この頃私は毎日カミセンの【Exit】を
エンドレスで聴いていた。

今聴いても当時の事を全て思い出すくらい

歌詞にはこんなフレーズがあった。

【キミは誰かのフィギュアじゃない】

私は私。
今この曲聴くとそう思う。



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by rin-dream | 2016-12-26 00:31 | 夢への一歩 | Comments(0)

類は類を呼ぶ。

この職場に入ってなんとなく親について話しをした。

まず入った当日。
先輩から言われた一番目の仕事は
カーテンレールを買いに行く事だった。

直ぐ近くにあった百貨店に
同僚と2人で買いに行った。

なんとなく親の話しをはじめた。
何をどう話したのかは覚えていない。

同僚は聞いていたが、
最後に「私もお父さんが嫌い」と言った。

しばらくして先輩にも話しをした。
先輩は阪神淡路大震災を経験した。

あの日、父は母をかばい、母に覆いかぶさった。
少し父のこと見直した。

と言っていた。

2人は両親にどう育てられてきたのかは知らない。
しかし2人とも父親を憎んでいる共通点があった。



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by rin-dream | 2016-12-26 00:29 | 夢への一歩 | Comments(0)



私の家庭は物心ついた頃には既に機能不全家庭。そこから旅立つまでの長い長い物語。
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