猛毒親に育てられて。

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明日は4月1日。

私の周囲は皆楽しそうな声を出している。
4月1日から1年間待ったコンサートツアーが始まる。

私はもちろんコンサートどころではなかった。
10代の頃は私にとって生きる為のコンサートだった。

それが今では生きる為のコンサートではなく
逆に苦になってきた。

行きたい気持ちはもちろんある。
しかし昔の私みたいに

心の中フルでコンサートに向く事さえ不可能。

この巣を出たいと思っている私にとっては
部屋探しが全てであり
コンサートは二の次だった。

私がこの曲を合唱すると決めている日
私はどこにいますか?


例えばこの声が届くならば誰でもいい
聞こえますか胸張ってさあ叫ぶんだ
全部詰め込んだこの宣誓を
僕は誓うよ一切引かないし一切負けない
自分決めた道の上全てをかけて
笑えるようにやり抜くぞ


この曲はNEWSのUR not aloneという曲です。
もし興味が出たら聴いてみて下さい。

笑える日。いつになったら来るのだろうか?
自問自答の毎日です。






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by rin-dream | 2017-03-31 00:46 | Comments(0)

今日も朝から涙。

私は3月30日には全てを終わらせ
あとは3月31日仕事終わり後に
そのまま東京に行くと決めていた。

しかし生きる事を決めて3ヶ月
動き出して1ヶ月半経った今
何も変わらない毎日を送っていた。

心と身体は日を追うごとに動なかくなっていく。
しかし何も変わらない毎日。

動いてはいる。
東京にも3回行った。
しかし何も変わってはいなかった。

障害者として生きていた頃
私は月給1万3千円だった。

東京に行く事すら出来なかった。
その後も年に頑張って2回がやっと。

それがたった1ヶ月半で3回行った。
私にとってはそれですらいっぱいいっぱいだった。

全てにおいてこんなハズじゃなかった。

定期を買ってこんなハズじゃなかった。
テレビ雑誌を買ってこんなハズじゃなかった。

私は今朝も涙した。
職場に行くと仕事を頼まれた。

もちろんいたって簡単な仕事。
テプラだった。

毎回の事ながら辛く悲しい現実だった。
声を出すのも嫌になった。

小さく「ハイ」と答えた
頼んだ本人は
「元気がないけどどうしたの?」

私は言いたかった。
お前の事で辛く悲しいんだ。

電話が鳴っても私はナンバーディスプレイの確認が必要。

全てどうして?どうして?どうして?
私はデスクで手を汚す作業をしながら
大粒の涙を流してしまった。

泣く事しか許されない私。

この毒の巣を出る事も
障害者から脱出する事も
全て許されない。

許された事はただ泣くだけ。





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by rin-dream | 2017-03-30 22:15 | Comments(0)

史上最低記念日。

私は1年間の中で特に3月末が大嫌い。

昔学校に行けなくて鬱になった。
昔はそれだから。と思っていた。

しかし、今は違うとはっきり言える。
それは昭和44年3月28日

サイコパス型猛毒父と毒母は結ばれた。
いわゆる結婚記念日というものだ。

今も毒母の左手薬指に金色に光る指輪。
正直外せばいいのにと思う。

愛してもいない奴からもらった指輪。
そして結婚指輪なのに何故か?金色。

金がないからかたちだけの指輪。
そんなのいらない。

愛してもいない奴からなら尚更だ。




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by rin-dream | 2017-03-29 00:02 | Comments(0)

親に恩返し?

たまに見るテレビ。
その中に出てくる
『親に恩返し』

私には親に恩返しというフレーズはない。
そもそも毒親育ちの人に

親に形のある恩はあっても
愛のある恩は持っている人はきっといない。

いたら《毒親》なんて単語は使わないだろう。

普通の人の生活というものを
1日でいいからしてみたい。

この1日でさえ私は経験した事がない
たった1日。こんな1日。

家族という単語。
私にはこれも理解不可能。

家の族?
確かに家に族しているが。

私の職場では名札は義務付けられている。
しかし私は名札が大嫌い。

私は名札を嫌々付けていた。
しかしもはや付ける事さえ難しくなった私は…
頭の後ろにぶら下げる形になった。

胸には下げてはいない。
名前を見ると吐き気がした。

仕事上名札のデザインを考え作る事を指示された
私であったが…
自分の名札を作る事さえ難しくなった。

理由はサイコパス型猛毒父が
名乗っているこの姓が大嫌い。

それは昔私が『おばあちゃんの姓を名乗りたい』
そう言った私が再び姿を出し始めていた。

私の姓は鈴木さん、佐藤さん、斉藤さん
普通に存在する姓ではない。

ネットで調べてみた事がある。
実際には存在する姓そうだが

41年間生きてきて、
同じ姓の人と出会った事がない。

姓の事でいじめにもあった。
私にとって姓とは嫌な事全てだった。

そして名であるが…
このブログの最初の一歩
私の名について。

私の名はおばあちゃんになる為に名付けられた。
私の年齢でもおばあちゃん的な名。

同年齢の知り合い含めて、芸能人(有名人)でも
3人しか知らない。

同年齢を越えて年齢を上に見ても
(知り合い含めて)2人しかいない
(もちろん5歳以上年下はいない)

私にとって名前を含めて私の全て
それが受け入れる事が出来ない程の苦痛になった。

これを理解出来る一般人はいるだろうか?

①親への恩返しの意味がわからない。
②姓が死ぬほど大嫌い
③名も死ぬほど嫌い

全てが私にとって受け入れる事が出来ない

今日カード会社から来月の支払いが来た。

東京に2回行った。
私にとっていっぱいいっぱいだった。

もちろん…低給料の私にとっては苦しい支払金額だった。
無理矢理東京に行った事

そして既にほぼ自宅では食事をしていない為
支払い能力を超えてしまった。

あと何ヶ月外食すればいいのだろうか?
この苦しみを何ヶ月耐えなければいけないのだろうか?

私は身体の異変は留まる事を知らず
何かが増え続けている。

お腹のハリ。
身体中(頭、顔含めて)の痒み。
唾液が飲み込めない。
首を絞められている感覚。
脚のしびれ

これに加え
昔怪我をした脚の痛み(古傷が痛む)
脚の関節の痛み
みぞおち、背中の痛み

そして発汗。体臭。口臭。

私がサイコパス型猛毒親に悲観し、
本気で自殺しようと思った昨年末

あの後から私自身の精神も病んできた。
それは…常に誰か(サイコパス型猛毒親の指金で)に
見張られている感覚。

それは職場でも。自室でも。
遊びに行っている時間。
東京にいる時間。

次は身体のどこがストレスによって破壊されるのだろう?






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by rin-dream | 2017-03-28 23:09 | Comments(0)

時が来た。

私はAちゃんに縋るようにいた。

Aちゃんがいなくなれば
それは私の死も意味している。

当たり前だがサイコパス型猛毒父、毒母、毒姉の話しも
Aちゃん以外には話しはしていない。

全てをAちゃんに依存する形になっていた。

AちゃんはLINEはしていない。
その為メールになる。
メールになるとついロングメールを送ってしまった。

内容の殆どは毒親についてだった。

唯一と言えば、東京に行っている間は
少し毒親話しだけでなく「今の話し」もした。

その後Aちゃんにも心の変化が現れる。
その話しを聞いて思った。

私が持っている、サイコパス型猛毒父、毒母から
流された毒をAちゃんに流している。

罪の意識に苛まれていた。

私にはこの頃既に『心の余裕』を失っていた。
職場でのストレス。
病院でのストレス。
毒親からの猛毒により。

そして何より…部屋が決まらないストレス。
私はこの頃には部屋も決まり幸せを感じている。
そう信じて疑わなかった。

その為に生きる道を決めた時から
部屋探しで家に帰るとパソコンに向かい
毎晩2時~3時にベッドに入る。
そんな生活をしていた。

昔の日記(手帳)を読むと
3月の上旬には部屋が決まっていた。

しかし3月28日現在まだ部屋は決まっていない。
私にとってこれが一番のストレスの要因になった。

そして少し、また少しと私はAちゃんからくるメールを
《毒》と感じるようになってきた。

Aちゃんは何気ない気持ちで送ったと思う。
しかし私には《毒》と感じた。

それが日を追うごとに
イライラ、ストレスの原因になった。

そして…私はAちゃんからのメールにブチ切れた。

色々な内容の事を書いて私に送ってきた。
この全てが私をイライラさせた。

そして頭に来た私は冒頭に
『全て私が悪い』と打って送った。

私からしてみれば
Aちゃんの言い分はわかった。

全て私が悪いんでしょ?
私が悪いと言えばそれで気が済むんでしょ?

遠回りをしてそんな気持ちを込めて送った。
私はAちゃんから『言い過ぎた』とくる…と思っていた。

しかしAちゃんから来た返事の冒頭は
『良かった』だった。

そして私はキレタ。

少し休もうか。
私が逆ギレしてどうする?
こんな時期に。

私は小学生の頃から付き合っている
Aちゃんに対しても心の余裕すら失くしかけていた。





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by rin-dream | 2017-03-28 20:37 | Comments(0)

ため息しか出ない毎日。

私は仕事場で電話が鳴ったので出た。

普段からナンバーディスプレイに登録している
電話は出てもいいが、他はダメと上司から言われている。

電話くらいは出れる。
いやむしろ電話の方が得意だ。

私以外の皆全員
〇〇は本日お休みを頂いております。

というフレーズを使う。
私はいつも《違うのにな》と思いながらそれを聞いていた

決して上手とは言えないかもしれないが、
ある程度は ー 私は使える ー と思っている。

これがあの先輩に教えて貰った全て。
あの会社でトイレでも電話に出ていた全てだと思っている。

話しを戻そう。
電話の相手は去年までいた《偉い人》だった。

その人は「上手に電話に出れるようになったんだ」と言った。
私はつい「そんなの言われたの初めてです」と言った。

その人は喜んでいた。
しかし…私は昔の会社で「丁寧な応対するね」と
いつも言われていた。

障害者施設では「神対応」まで言われた。

嘘をついた。

私は上手でも、神でもない。
普通に電話に出ただけ。

ため息が出た。







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by rin-dream | 2017-03-28 20:36 | Comments(0)

猛毒親との時間。

ブログのタグにサイコパス、毒親、毒父、毒母、毒姉。
その言葉さえ入力するのも嫌気が差していた。

夜。私はいつものように
睡眠薬に手を出した。

パタパタ睡眠薬(漢方薬)の袋を開けやすいように
上の部分を開ける。

その瞬間ふと思った。
これを初めて15年以上。

当たり前のように行われた15年。
猛毒父にも言われた
「お前は一生薬を飲む」

私には普通の夜さえ訪れないのか?
これが毒親に育てられた今。


猛毒親といた41年間の今






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by rin-dream | 2017-03-27 01:16 | Comments(0)

物件探し。

物件を探しはじめて3ヶ月。
はじめは夢いっぱいだった。

ここにあそこに住んでみたい。
その後実際に東京に足を運んだ。

それから1ヶ月半
はじめ紹介された物件は夢だったのか?

東京都心から僅かの距離から
どんどん離れていく。

駅名聞いただけでわかる。
2年だけだが東京在住だった。

都心から電車で10分・・・
都心から電車で20分・・・
都心から電車で30分・・・

気がついたら都心から電車で40分を過ぎていた。

不動産屋さんからも言われていた。
『田舎に行ったら行ったらで審査難しいから』

その言葉とは裏腹に都心から離れていく。
ネットでは同じ家賃で都心に近い物件が掲載されている。

これが現実だったのかもしれない。

毒親と離れる事。
毒親からの卒業。

都内に行っても今と変わらない田舎暮らし。

お金が無い。
職が無い私の現実。

私は遅くなったが専門学校の就職サイトに再手続きをした。
久しぶりに見る専門学校の就職サイト。

ある意味夢に溢れている。
そしてある意味現実をみているサイト。

年齢25歳まで。
私には申し込みさえ難しい。

過去32歳でも申し込みをした。
それから既に9年。
夢を見るには余りにも遅い就職サイト。

普通の人なら管理職に就いてもおかしくない年齢になった。
私は再就職というかたちで「新人枠」で探している。

これが今の私の現実。
30歳を過ぎて突然障害者として障害者施設に入った。
それからの私は何の特別な仕事という仕事はしていない。

全て雑用。

これが猛毒父によって齎された
「同じお金もらうなら遊んでいる方がいい」

猛毒父はいい会社で運転手として働いていた。
いつもトイレで2時間~3時間は潰していた。
そのつけは全て私に回ってきた。

私は仕事が大好きだった。
いつも仕事をバリバリしていた。
トイレでも電話をとっていた。

そんな私は41歳にして新人として仕事を探している。
全てが屈辱だった。

これが猛毒父が作った全て。
毒といても私には幸は訪れない。
全て不幸。

全てを悟った瞬間。
余りにも遅いその時。
41歳春。

毒親の巣近くの桜は
温かい日が訪れば今にも咲きそうな桜。





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by rin-dream | 2017-03-27 01:03 | Comments(0)

毒母の小さな攻撃。

毒母は耳が悪い。
そしてテレビを大音量で毎日観ている。

私にとってはかなり迷惑な話しだ。
道路に出れば大音量。
どんな番組を観ているのかもわかる。

それが夜の12時まで繰り広げられる。
土日は朝8時からそれが始まる。

私は仕返しという気持ちはなかった。

ここで何度も話しはしているが
私にコンサートは私にとって全てだった。

私は今日大音量でコンサートDVDを観た。
他人なんて関係なかった。
自分の気持ちが晴れれば。

私の身体の全てがストレスで犯されている。
そのひとつでも良くなれば・・・の思いの方が強かった。

お酒を飲んで気持ちよくLIVE DVDを観ていた。
毒母から「うるさい」と文句がきた。

大音量でLIVE DVD を観ているが
毒母が見ているテレビの方がうるさい。

その毒母がうるさいと文句を言ってきた。
私にしてはしてやったり。

うるさいという事はこういう事だ。
これが毎日、毎晩ある。

毒母は私がLIVE DVDを大音量で観る事で
テレビはうるさいとようやく気が付いた。

しかし何も気がつかない馬鹿がまだいた
猛毒父である。

猛毒父は今年に入って
十数年前退職(クビ)した職場の離職証を持ってきた。

この世に1枚しか存在しないはずの私の離職証。
それを十数年経って。

それは私宛てに送られてきたはず
それを猛毒父が持っていた。

これが猛毒父が猛毒を持っている
それを現している。
あなたはサイコパス。






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by rin-dream | 2017-03-26 21:14 | Comments(0)

毒を持っている先生?

今日は通院の日だった。

先生からは
「仕事延長出来てよかったね」と言われた。
私は直ぐに「よくない」と反発した。

私は障害者雇用でそこで働いている。
毎日、毎日する事は雑用と掃除。
それしかしていない。

しかし先生は「〇〇だよね?」と
私の会社の名前を出して驚いている。

確かに人が聞けばいい会社かもしれない。
しかし私は正社員ではない。アルバイト。
そして障害者雇用。

私は辞めるつもりにしている事も伝えた。
先生はここ辞めるつもり?とまた驚かれた。

「辞めるの?」
「いい会社なのに?」
先生の頭の中は疑問だらけ。

私は思った。
「〇〇会社って大きい有名な会社」
「この会社を定年まで勤めた」
「だからお父さんは偉い」
そう言っていた猛毒父と同じだ。と。

私と先生の中に壁が出来ていた。

先生に猛毒父の話しをしても
「何故?」と首を傾げるだけ。

それはAちゃんと全く同じ。
しかしAちゃんは精神科医ではない。

先生は私の全てを受け入れてくれると思っていた。
しかし逆に毒親より私の方が頭がイカレテいると思われている。

この病院からも逃げたいと思った。
ここは私の居場所ではない。

確かに薬を減らしてくれるいい先生かもしれない。
しかし私に寄り添っていない事を考えれば
私にとってはいい病院ではない。

全てを捨てて早く東京に逃げたい。
別に誰も知らない小さな会社でもいい。
何より小さなアパートでいい。

自分の居場所を見つけたい。








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by rin-dream | 2017-03-23 00:29 | Comments(0)



私の家庭は物心ついた頃には既に機能不全家庭。そこから旅立つまでの長い長い物語。
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